小石薫事務所

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家計図作成 2013.07.29
 213年以前のご先祖様を発見 !
213年以前のご先祖様を発見 !
甚右衛門さんは、1800年(寛政12)年1月1日生まれです。今から213年前のご先祖様で、父甚六さんの長男であることがわかります。
したがって、戸籍で判明するこの家の一番古い先祖は、甚六さんということになります。

弊事務所の家系図作成過程で判明する古い先祖は、4・5代前、時をさかのぼること150年前から200年前、おおよそ江戸時代後期から幕末のころの人物です。
甚六・甚右衛門さん親子は、弊事務所がこれまで取り扱った家系図のうちで、戸籍により判明する最古のご先祖様にあたります。

甚右衛門さんが生まれた1800年(寛政12)年には、のちに『大日本沿海輿地図』を作成した伊能忠敬が、幕府の命令で蝦夷地(北海道)の測量を始めました。また、同じ年に「昌平坂学問所」(東京大学の源流)が完成しています。
世の中は、「寛政の改革」を断行した松平定信が6年前に老中を退き、将軍徳川家斉(いえなり)の"大御所時代"が始まったころです。

政治の改革を必要としたのは、幕府だけではなく、藩財政の危機と百姓一揆の高揚に直面する諸藩も事情は同じでした。そのため、藩主が先頭に立って、綱紀を引き締めて倹約や統制を強め、財政危機を克服しようとしました。この頃、百姓の強訴や農村での芝居興行が禁じられています。

一方、商人の経済活動はいっそう活発となり、都市を中心に「化政文化」と呼ばれる庶民文化の花が咲きました。また、日本の近海にはロシア・イギリス・フランス・アメリカの欧米列強の外国船が来航するようになり、幕府は1825年(文政8)年に「異国船打払令」を出しています。

幕府が衰退し、"太平の世"が徐々に騒がしくなり始めた時代です。以後、明治24年に亡くなるまで、甚右衛門さんは時代が江戸から明治へと変わりゆく中で91年間の人生を送りました。
(なお、戸籍は、依頼者から了解を頂き、個人の特定につながる情報を削除したうえで掲載しています。)